タクシーの話

大した話ではない
 
もう30年も経つだろうか
当時まだ20代前半だった私は
まさか経営者の謀略とは全く心得ず
『営業部長』とたった4文字を追加印刷された名刺を持って
都内を獅子奮迅の如く駆けずり回っていた
 
経費で落ちないタクシー代は日に約8,000円
正しくタクシーの為に働いたと言っても過言ではない
 
 
移動中のタクシーの中は暇である
 
若かりし好奇心旺盛の私は沈黙が嫌い
 
運転手さん何か面白い話ある?
 
首都高を素っ裸の若い女性が歩いていた話だったり
有名芸能人の表に出せない逢瀬の話だったりで
聞ければそれはそこそこ面白い
 
しかしやっぱり怖い話は身がすくむ・・・
 
社員旅行で行った温泉で
酔い覚ましに深夜に一人で湯に浸っていると
湯煙の中にたった一人の若い女性の後姿
ゆっくりこちらを振り返った顔はまさしくノッペラボウ・・
 
 
良くある話ですよ・・
 
ある日の運転手が言い難そうに私の問いに答えた
 
若い女性を乗っけたんですけどね
 
うーん別に普通だったなぁ
暗いとか思い詰めてるとか
そんな雰囲気は無かったなぁ・・
 
しかも別に『青山墓地』へなんて言った訳じゃない
行き先は普通の番地でしたよ
 
信号を何ヶ所か停まりましたっけ
 
しばらく走ってミラーで後部座席を見ると・・
 
いないじゃないですかさっきの女性
 
そりゃ振り返る時は怖いですよ
『話』じゃ後ろを見たらそこには居るけどミラーには写ってないとか言うでしょ?
 
でもねホントに居なかったんですよねぇ・・後ろにも
 
どっかの信号待ちでこっそり降りたかな?
なんて思っても見ましたがそれは絶対無理だし
 
もしやと思ってシートを触ったら
これがお決まりの様に・・
びっしょり濡れてるんですよね・・
 
ここまでは良くあるお話とほぼおんなじですかなぁ
 
怖かった? いーや全然
 
最初は途方に暮れましたけど
 
その後段々と怒りがこみ上げて来ちゃって
 
コノヤローふざけんな!
とか思わず怒鳴っちゃいましたよ・・
 
だってお客さん
会社にそんな事報告できないでしょ?
 
シートは濡らされて次の客乗せられないし
幽霊にタダ乗りされたメーター分自前で吐き出しですもん
 
 
怒って当然でしょ?
 
・・・