最上階の恐怖

S君が父親の仕事の都合で引っ越した
 
神宮前の社宅から
中目黒の川沿いのマンションの最上階へ
 
13階じゃさぞや眺めは良いんだろうね
 
廻りも高層だからそれ程でもないなぁ
 
羨ましいなぁ今度遊びに行くよ
 
待ってるよ
 
然しこちらもそんなに暇人では無い
気軽に約束はしたが一年も経ったら半分忘れていた
そして忘れかけていた頃にS君から電話
 
ごめーん!忘れていた訳じゃないんだよ
 
良いんだよ・・
 
どうしたの?
 
うちのマンションあれから3回も飛び降りがあってさ・・
 
えー!そんなにー?
 
・・・最上階ってイヤだな・・
 
どうした?何かあったのか?
 
・・・
 
私は急遽都合を付けて週末に彼に会いに行く事にした・・
駅前の喧騒を外れて川沿いの道を10分も歩いたろうか
白い高層マンションの最上階からS君が手を振ってくれている・・
 
うーんやっぱり眺めは良いじゃない
それで・・どうしたの?
 
・・・
 
S君はポツリポツリと語りだした・・
 
ここへ引っ越して来てから
相次いで2回の飛び降りがあってさ・・
その後何か嫌な予感みたいなものがあったんだよね
 
どんな?
 
何か漠然とした思い付きって言うか
自分でも良く解らなかったんだけど・・
 
例えば?
 
ここって最上階だろ・・
 
うん・・
 
3回目の時に・・ああこの事かって・・
 
どうしたの?
 
・・・目が合った・・
 
・・・・
 
彼の勉強机はご他聞に漏れず
眺めの良いベランダが無い窓側に向けて座れるようになっている
 
そしてその晩はS君は試験勉強に深夜まで追われていたそうだ
 
目が疲れてふと見やると
遠く離れて建っているマンション郡の規則正しい灯りの列がとても美しい・・
 
暫く見とれていると・・
 
遠くに置いていた視点が不意に遮られて・・・
 
肘をついて机に乗り出す様な格好で外を眺めていたS君の
すぐ目の前を若い男が墜ちて行った・・
 
その時お互いに目が合っちゃったんだよね・・
 
・・・
 
思うんだけどさ
これからって時に勢いを付けて飛び降りないよね?・・
だからここって最上階だから一番『加速』してない訳さ
 
・・・
 
それでも目が合ってる時間なんて一秒も無かったと思うけど・・
 
・・・
 
 
そうして彼は類稀なトラウマを背負う事になり
『最上階』にまつわるイヤな予感は当たってしまった・・
 
その後マンションは屋上の扉にカギが掛かり
彼は念願の防大に入った
今もどこかで国防に心を砕いてくれているだろう
 
トラウマがかえって彼の心を強くした?
 
今となっては知る術もない事だが・・