母の戦争体験⑤ 大陸での埋伏

終戦直後母の知り合い家族が大陸から帰ってきた。
 
その時の話。
 
ロシア軍から何とか逃れて
明日は日本へ行ける港まで辿り着けるかもしれないという晩の事。
 
日本人数人のグループであったその人たちは
中国人男性の農家と思しきあばら家に泊めて貰う
 
頼み込んだ時も含め終始無言のその男性はなけなしの食べ物まで出してくれた。
 
野宿ばかりだった事もあり、どうせ言葉も解らないだろうとの安心感から
関東軍』『中国人』悪口に花が咲く。
 
翌朝、挨拶もそこそこに出発しようとすると無言だった中国人農夫が口を開いた。
 
『その先へ行けばもう安心です』『御国の為にも必ず生きて帰ってください』
流暢な日本語・・何者?

母は私に言う
 
『解る?中野学校obよ』
 
『卒業と同時に戦死扱いとなり中国各所に中国との有事に備えて埋伏している人達よ』
 
中国人になりきって次の日中戦争に備える人達・・・農夫は違ったのかもしれません。
 
でも実際に『埋伏』している人は多数いるそうな・・