鉄火場

もう20年以上も前の話
 
会社を退けようと思った時間に
不意に掛かってきた電話はSさんからだった
 
良く解りましたね・・
 
仕事柄だね
 
Sさんとは何で知り合ったか記憶に無い
然し一定の距離を保って接していたのは
所作のあちこちに『素人』ではない匂いを感じていたからだ
 
飲みに行こうや
 
・・・
 
夜のこんな時間に言われても懐の準備も無い
何よりも・・
 
会社の下にタクシーで乗り付けるから
 
・・・
 
会社に来られてはタマッタものじゃない
仕方なく懐具合を告げた上
別の場所を指定して合う事に・・
 
久し振りだな
 
そうですね
 
最初に行ったのは所謂『高級クラブ』
 
(ここでは社長って呼んでな)
 
私が取引先で接待といったシチュエーションか?
暫しの時を過ごしたら時間はもう0時を廻っている・・
 
それではこれで・・
 
待った待った!水臭いナァ・・
 
もう一ヶ所付き合えと言う
酔っ払いの機嫌を損ねて後日会社に来られても困るし・・
 
着いたのは怪しい雑居ビルの一室
目付きからしてマトモと思えない輩達が卓を囲んでいる
 
オレちょっと入ってくるからさ
 
ちょうど空きが出た卓にSさんは吸い込まれていった
 
(見て良いですか)
これもまた見たからに素人に見えない偉丈夫が黙って頷く
 
サインを送っていると思われるのもイヤだから
ちょっと離れたソファーから何気なく鉄火場の様子を窺う事に
 
どうも精算毎に行き交う万札が
マトモなレートで無い事を物語っている・・
 
どうぞ・・
 
はぁ?
 
振り返るとさっきの『偉丈夫』
指差す方向を見ると別の卓に空きが出た様子・・
 
私は・・
 
やんなよ・・
Sさんは調子が乗らないのか機嫌が悪い
 
大丈夫だ!ケツは持ってやんよ
 
仕方なく私は新しいカモを物色する目付きの3人と相対する事に・・
 
場は勝負にのめり込んでいてワザが少々甘い
 
こりゃ慎重にいけば勝算はあるな
東南戦で飛びあり
南局の終わり位の2着目に
Sさんが私の手を覘いて一言
 
勝ってんじゃないか!オレは帰るからな
 
慌てて声をかける前に身を翻してSさんは部屋を出て行った・・
 
さて・・
久々のヤバイ情景だ
トイレの窓から・・っていう高さじゃないし
精算時に金が無いなんて白状したら
歩いて帰るどころか
五体満足で家に辿りつくなんて万に一つも望めないだろうな・・
 
 
数時間後
 
酔いもすっかり醒め
朝のラッシュの国道を尻目にタクシーは家に向う
 
こんな所から歩いてなんて帰れなかったよな・・
 
それに満身創痍じゃ尚更ダ
 
あの後私は朝まで全勝
財布に入りきらない万札をポケットにねじ込んで
雑居ビルを飛び出しタクシーを止めた
 
キリキリと胃が痛む
 
もうこんな稼業をやる齢じゃないな・・
 
 
Sさんはその後連絡もなく合う事も無かった
 
漏れ聞いた話では
上部団体に咎めを受けて指が1本無くなったそうだ
 
 
社長って呼んでもこれからはダレも信じないだろナァ・・
 
私もアブナイ稼業はそれで最後となった
その後の社内麻雀でも恨みを買わない2着狙いに徹している・・
 
 
まぁ昔の思い出だ