夏の幻

例によって大して怖い話ではない
 
私は子供の頃に妙な勘が強かった
 
ほぼ確実に当てられる『ある予想』に母も注目し
事或るごとに私の『先読み』を聞きに来たものだ
 
私の『お告げ』に一喜一憂した母は
自分も変な勘が強かった事を思い出した
 
私のも大した事じゃないのよ
 
毎日家へ届く郵便物の数を確実に当てられたそうだ
学校帰りの友人達が毎日ポストの中を確認して目を丸くした
 
でも姉さんはもっと凄かったわね
 
霊感も強かったし・・
 
 
母に優しかった長兄は
日比谷公園前の駐在所に勤務する巡査だった
 
白の制服制帽でサーベルを下げてね
それは格好良かったのよ
 
やがて時局も押し迫り長兄も応収されて東部ニューギニアへ・・
 
 
あれはもう戦争も終わりの頃だったかしら・・
 
晩夏の陽射しは午後になって厳しさを増し
母の姉は座ったままつい転寝をしていた
 
衰えぬ暑さに染入る振る様な蝉時雨・・
 
 
ふと目をやると
夏服の巡査姿の長兄が微笑みながら立っている
 
白く眩しい立ち姿を訝しく思っていると・・
 
 
私は大丈夫・・
 
決して死んだりはしないから・・
 
すっかり目が醒めてしまい
折角の長兄に話しかけようと思っても言葉が出てこない・・
 
必ず生きているからね・・
 
心配しないで・・
 
・・・
 
気が付くと眩しい正装の姿はもうどこにも無かった
 
何も無かった様に外には旺盛な蝉時雨・・
 
 
 
戦後ニューギニアから日本に帰り着けたのは2万人
9割を占める18万の将兵熱帯雨林で命を潰えた
 
長兄がいた宇都宮・歩兵239連隊では
所属部隊での生還者が幸いにも比較的多く
生死に関わらず各人の消息は殆ど掴めていたのだが
 
帰還兵で長兄の行方を知る者は誰もいなかった・・
 
 
だからね
 
お前の伯父さんは生きているのよ
 
大人になったら必ずニューギニアに行って連れ帰って来るんだよ
 
・・・
 
小柄だった母をまだ見上げていた私
力強く頷いてから40年以上の幾星霜
 
伯父さんも彼の地で生きていれば100歳に近い
 
母も鬼籍に入ってもうすぐ四半世紀になる
 
親不孝者の私を川向こうから2人で笑って見ているんだろうか・・