天才ボクサーの死

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彼と初めて出合ったのは2001年頃だったろうか

赤羽のit企業の倉庫だった。
聞けば『バイト君』は北海道から上京したそうだ

『学生さん?』

『ボクシングをやるんです・・』

プロになるつもりですと彼は屈託無く笑った。
およそ『ボクサー』に似つかわしくない風貌を訝しく思いながら
夢を追い続けられる『若さ』がまぶしかったのを憶えている。

その後、以外にもあっけなくプロテストに合格した彼は
試合チケットを持ってきた。

『是非、見に来てください』

しかし無情にも私は観戦を断った
いつも明るく振舞っている彼の鬼の形相が見たくなかった・・
いや・・新人にありがちなぎこちない試合が見たくなかったのが本心か

その後彼は連勝を重ねていく

観戦に行った人達の絶賛の評価を疑いながらも
ついに何試合目かに後楽園に行って見る事にした

連勝により彼の出番は繰り下がっている
ちょっと退屈気味な(失礼)前座的な試合の後いよいよ彼の登場である・・が

あっという間に鮮やかに相手を圧倒した彼は
息も切らさずに爽やかに勝ち名乗りを受けているではないか
しかも既にファンも存在している様子で
祝福の歓声があちこちから上がっている・・

にこやかに笑いながら挨拶に来た彼に
私は思わず愚問を投げかけてしまった

『緊張ってしないの?』

『・・・・』

ちょっと考えてから彼は愕く事を言い出した。

よく『上がる』とか言いますよね
オレ、何の事だか解らないんです・・

生まれてから此の方『緊張』した事がないのだそうである・・
誰にも言った事のない『秘密』を打ち明けてくれた彼は
初めて出合った時のような屈託のない笑顔を見せてくれた

その後『新人王』の呼び声も確実視されだした彼は
全く奢る事もなく天才の片鱗を見せ始めた

減量も全く平気で逆に周囲に気遣う有様である
前途洋洋の『天才ボクサー』を知り合いに持った私は
いい年をこいて完全に舞い上がってしまった・・・が

およそ『格闘士』の『負』の部分である『緊張』を持ち合わさなかった天才は
突然神に召されてしまった・・・


彼の名は 『能登斉尚』 享年24才

生涯成績 10戦8勝5KO 


最近『彼』を思い出す事が多くなった
混迷の世の中
やや暗くなりがちな私の心を
あの屈託のない笑顔が度々私に力を授けてくれる

ありがとうね 能登


合掌