くぐもった声

あれから10年は経ったろう
 
その晩の私は店頭公開を控えた会社の脆弱な管理部門を立て直すべく
部下と東京北区のとある倉庫に泊り込みを余儀なくされていた
 
張子の虎の如く
ようやく見た目だけの格好が付いたのは
もう深夜3時を廻った位
 
証券会社の監査の目は上手く誤魔化せられるだろうか・・
 
既に女性社員を含めた部下達の疲労の色は濃い
今更ながらに妙案を思い付いたとて何になろうか
 
どうせ全ての責任は私にある
 
私はみんなの顔を見渡して覚悟を決め
それぞれ短い仮眠を取る事にした
 
倉庫は元物流関連の建物だったようで
一階には立派なプラットホームがあり
エレベータで二階にもパレット単位の荷物が上げられる様になっている
 
二階には狭い事務室と
 
真四角な4畳半の畳の休憩室・・
 
初夏の朝は早い
鳥のさえずりが聞こえる前に幾らかでも眠っておかないと・・
 
私は休憩室の畳に横になり
腕で手枕をして今夜の突貫作業を振り返る
 
後ろには一間巾の襖の押入れ
 
だれも来ないなぁ・・
 
女性社員が来ても困るけど
もし来たら潔く場所は譲るか・・
 
うとうとし出した頃
 
抑えた女の笑い声が聞こえる・・
 
(それでさぁ)・・・ふふふふ・・・
 
なんだぁ?あいつらまだ元気じゃないか?
 
(そうなんだぁ)・・・くっくっくっくっ・・・
 
どうも数人が談笑している様子だ
私は半身を起き上がって向こうの事務所の様子を伺った・・
 
しずかだな・・?
 
・・・ふふふふ・・・
 
また笑い声が起きる
不思議な事に『彼ら』はこの4畳半の部屋に居るらしい・・
 
(まったくさぁ)・・・ひひひひ・・・
 
私は暗い空間に手を伸ばしてみる
 
どうも『彼ら』は嬉しくて仕方がないらしい
布団を被っている様なくぐもった笑いは続く
 
(それがさぁ・・なんだよぉ)・・・くっくっくっくっ・・
 
隣の建物の住人か?
 
話はいつまでも尽きないらしい・・
疲労困憊だった私はやがて眠りに落ちた
 
翌朝太陽光がいっぱい照り付ける窓を開けると
眼下には敷地が広がっていて
あると思った『隣の建物』はどこにも無かった
 
後日
 
昼間の休憩時の4畳半を覗いてみた
 
管理課の連中が狭い部屋に寝転がっている
何故か押入れの前のスペースだけ空けてある・・
 
狭いのにどうしてそこ空いてるの?
 
ああ・・ここですかぁ?
霊感の強いG君が
そこだけは寝ちゃいけないって言うんですよねぇ・・
 
まさしく私が『彼ら』の談笑を聞いた場所である・・
 
そこに寝ると何が起きるの?
 
さぁ・・・・
 
G君にもその後毎日位に顔を合わせたが
さすがに聞いてみる気にはなれなかった・・
 
今でもたまに深夜のオフィスで目を瞑ると聞こえる気がする・・
 
 
(それでさぁ)・・・ふふふふふ・・
 
(まったくさぁ)・・・ひひひひ・・・