鬼籍に綴る話

あれからもう30年近くも経ったかな
 
他言は無用と言う
本来だったら墓場に持って行く話だろう
 
然し・・
 
時節の遷り変りは人の心をも変える
 
我が身に災いが降り注ぐ可能性が殆ど無くなった今
 
ちょっと位・・
打ち明けてみたくなったりするのは煩悩なんだろうか・・
 
 
 
当時肩書きだけは偉そうだった私は
殆ど毎晩の様に深夜の都心のオフィスで仕事に追われていた
 
或る日突然『彼等』は我オフィスの通りに降臨
 
義憤に燃えた?
彼等の『政治的活動』は翌日の新聞を賑わす事に
 
通りに出てみると歯止めの利かなそうな
やんちゃな男達が通りに溢れている・・
 
占有されているビルの廃墟は殆ど目の前だ
長期に及びそうな『事変』は
彼等と目を逸らしてばかりはいられない
 
然も一階の私の居場所からは
寒空に震える『張り番』の彼等とやたら目線が合う場所だ
 
考えた挙句已む無く選んだのは懐柔策
 
雪のチラつく或る晩の深夜に
私はついに暖房の効くオフィスに彼等を手招きした・・
 
廃墟の張り番の彼等は凍れる手足を揉みながら
口々に感謝の言葉を述べ
暖かいオフィスの中を珍しそうに眺めている・・
 
そうして
 
彼等の『張り番』の殆どは気さくに私の所へやってくる様になり
私は年代の近かった彼等の1人と
とても気が合って大の仲良しとなった
 
『話』の共通点は殆どソウルミュージック
 
既に手に入り難かった曲を
彼は殆ど無い自分の時間を犠牲にしてまで
カセットテープに纏めて私に持って来てくれたっけ・・
 
 
或る晩の事
 
妙に姿勢を正し
言葉遣いも他人行儀の彼・・
 
 
今日まで友人としてお付き合い頂きまして有難う御座いました
 
どうしたの・・
 
ちょっと言えない事情が出来まして
もう2度とお目に掛かる事は出来ません・・
 
けじめを付けなきゃいけないの?
 
漢としても
団体に所属している立場
自身の持っている主義の為にも
今回の事は遂行しなければなりません・・
 
エンコを落とすとかじゃ無いんだ・・(小指を詰める)
一体何をするの?
 
今は言えません 
然し・・すぐに解ります
それではくれぐれもお元気で・・
 
ほとぼりが冷めたら必ず連絡してね・・
 
 
然し彼はそれっきり見かける事は無くなった
 
 
 
驚愕の事実を知ったのは
数日後の朝刊の見出しだった
 
某大手企業の創業者の1人息子が
車の走行中に『彼等』と揉め
反対車線に突き飛ばされた際に通り掛かったダンプカーが頭を・・
 
事件と事故の両面から捜査中・・
 
『彼等』が所属する団体と某大手企業との数々の軋轢や摩擦の実態が
連日各新聞紙上を賑わしたが・・
 
結局轢いたダンプが不明なのと
当事者以外に目撃者不在の為
 
過失致死
 
 
然し
 
私は知っている
 
陽のあたる箇所があれば
必ず裏腹に闇がある
 
 
彼の創業者は高齢ながら存命である
 
さぞかし自問自答に苦しんだろう
 
渡し銭を払って川を渡ったら息子が待っているから
聞きたかった本当の事を聞いてみるといい
 
 
所で
 
私の友人だった筈の『彼』
 
今はどこでどんな人生を?