人間の幸運

人は一生の間に2度の幸運と2度の不幸に遭遇するという
 
2点の相違点は不幸は確実に遭遇するが
幸運は掴み取らなければ自身のものに成らないという事・・
 
あれは私が24~5才の頃
 
度々に顔を出していた近所の小料理屋
一風変わったココの親父は無類の癇癪持ちである
 
年齢も近かった行方不明の放蕩息子に似ていたのであろうか
私を怒鳴りつける事はついに無かったが
客はいつも私以外には店の隅に怪しいパチンコのゴト師連中
 
その夜の客は私だけ
 
ちょっと酒が廻って饒舌な親父の機嫌を伺いながら
帰るチャンスを狙っていた
 
まだやってますか・・
 
ふと見やると
年の頃40才位だろうか
育ちの良さそうな好紳士が戸惑いながら覗いている
 
いつもなら怪訝そうに断る親父も笑顔で迎え入れる
 
これで帰れるぞ
 
心で感謝しながらも
見慣れない新客をつい観察してしまう私・・
 
所がこの客ったらとっても嬉しそう
箸の一口毎に笑みがこぼれるている
 
席を立つより好奇心が勝ってしまった私は声を掛けてみた
 
聞けば諦めていた初子に恵まれたそうである
出産で家事に立てない奥さんを気遣って外食に立ち寄ったらしい
 
これから夜泣きが大変ですよ
 
私は前年に子供が生まれたばかり
育児に関しては私の方が先輩だ
 
目を丸くする好紳士と話が弾みだす・・
 
奇妙な関係が始まった
 
忙しかった私が店に顔を出せるのは大体深夜の事
 
好紳士も私を訪ねて来てはくれるのだが
杯を酌み交わせるのは10日に一回もあったろうか
 
そして数年が経ち
気が付いたら暫く行き違いが続いていた
 
今日も寂しそうに帰って行ったよ・・
 
・・・
 
ある日突然私の会社へ店の親父から電話が掛かってきた
 
どうしても至急会いたいってさ
 
仕事の都合を付けて早目に店へ
 
何時に無く神妙な好紳士
 
・・・
 
聞けば大手銀行の支店長との事
(そういえば仕事内容聞いた事なかったな・・)
 
転勤が決まり10日以内に引っ越さなければなりません・・
 
残念ですね・・
 
義理堅い好紳士のご挨拶に痛み入る私
 
実は・・御礼の代わりと言っては失礼なのですが・・
 
続いて出てきた言葉は驚くべき内容だった
 
当行より三千万円のご融資準備が出来ております
普段からお話になられていた夢を叶えて頂きたい・・
 
何があったというのだろうか
金利や担保も返済プランさえ気にしなくて良いと言う
 
勿論事業が成功して返済頂ければ幸いですが
支店長決済としての案件ですから如何様にも・・
 
(三千万円をくれると言っているのか?)
 
返答期限までの一週間は眠れぬ夜が続いた
そして迎えた期限の夜
 
私には夢を現実に置き換えられる能力がまだ備わっていません・・
 
思い掛けない辞退に言葉を失う好紳士
 
更に再考を促すが・・
 
世間に憚らない立派な事業計画が完成しましたら
こちらから必ずお伺い申上げます
 
・・・
 
あれから約30年が経とうとしている
 
度々思い出すのは好紳士の寂しい笑顔
 
時代が変わり既に老域に入った私には
とっくに期限切れの事業計画がまだ完成出来ていない・・
 
あの頃熱を持って語った夢の内容は何だったろうか・・