見てはいけないもの・・・人生の運

暫く前の事だ


当時お世話になっていたit企業は『店頭公開』を果したばかり
5人で設立して5年で上場企業となり株価は80万円台
飛ぶ鳥を射落とす勢いとは正しく我々の事だった・・
私は半年前にバイト格で入社
不可能と言われた上場に貢献を果してめでたく『役付』就任だったのだが・・


ある日社長と2人だけで打ち合わせをしていた

そこへ秘書から宅配便が届く・・

少々大きい箱である

然し社長は『届け物』が気になって打ち合わせに身が入らない・・

『私の事は気にせずにどうぞ』

社長はにっこり笑うとおもむろに開梱し始めた

中から出てきたのは以外にもフルフェイスのヘルメット
意外な『出物』に訝る私にわざわざ説明をしてくれた

聞けばf1等のレースで使われる本格的なヘルメットなのだ
有名レーサーと同じ物を入手したそうで
『・・タイプ』とかではなく全く同じ物のオーダーだと強調
(社長は無類の車好きでイオタやディノといった往年のイタ車を多数所有)

(それにしてもちょっと小さめではないか?)

社長は私の心を察したように説明を続ける・・

『バイクと違って緩んじゃいけないので小さめなんだよ』

納得する私を尻目にいきなり被ろうとする
所が既に被れる様子ではない・・

『後程ごゆっくり・・』

言いかけた私の言葉と同時にヘルメットは所定の位置に無理やり納まった

『・・・』(髪も相当抜けたんじゃないだろうか?)

社長の顔がみるみる紅潮していく・・
まるでトマトそのものだ・・

社長は慌てて脱ごうとするが今度は全く抜ける様子は無い・・

仕方なくヘルメットを被ったままで奇妙な打ち合わせが再開


然し決して笑ってはいけないのである!


『暴君ネロ』の例えの如く
社長の逆鱗に触れた『国大出』の即決解雇を数限りなく見てきた私は
恐ろしい『審判の場』に身を晒しているのであった・・

その後『奇妙な』打ち合わせは続く・・

ヘルメットを被ったままの社長の意識が混濁し始めたのか
話の要領が的を外しだす・・

(笑ったら妻子が路頭に迷う!)

私も恐ろしい『精神力』で武装し身を守る・・

(時間が経つのが今までの人生で一番遅く感じる!)

然し終わりの来ない物はない・・

やがて今生の『苦難』は終わりを告げた

社長室の出口まで送ってくれたceoに別れを告げながら私は微笑む・・
(メット被ったままね)

所が最後の場で私の脳は『微笑』と『爆笑』の選択に混乱をきたしていた・・


・・・


その後期せずして日本人スタッフが1人もいない『海外支社長』勤務の辞令が下りてきた
現地のエリートを統括できるような英語力は私には無い・・

辞令辞退=退職と相成った


見てはいけないもの・・


人生の運なんてそんなもんさ


その後強制購入の持ち株が暴落

退職後の税金に身を焦がすのであった・・


現在も同社は健在

今となっては社長の『ご発展』を祈るのみ・・である