『人間交差点』的・・心

彼女はその日
お付き合いを始めたばかりの『彼氏』と野球観戦のお約束
 
球場に程近いその駅は彼女にとっては不慣れな待ち合わせ場所だ
 
それでも改札を通る人を見通せる伝言板の前に居場所を決め
ジッと『彼氏』が現れるのを待つ・・
 
所が・・
『彼氏』は中々現れる様子が無い
今と違って携帯も無い時代
彼女にはひたすら待つ以外に手段は無い・・
 
どうかされましたか?
 
心配そうに声を掛けて来たのは
ずっと改札口でこちらを見ていた若い駅員
もう約束の時間は大幅に過ぎてしまい
球場へ急ぐ楽しそうな人並みはとっくに途絶えている・・
 
待ち人が来ない旨を淋しく伝えると
 
もし宜しければ・・
 
聞けば仕事が跳ねる時間だそうな
駅員の優しい面持ちに彼女はついうなずいてしまう
 
その後に2人でお茶を飲んだのか
はたまたアルコールがちょっと入ったのかは私は知らない
 
分かっているのは・・
その晩遅くの駅員の家
 
初対面なのに家まで訪ねてしまった彼女は
そこで思わぬ歓待を受けてしまう
 
独り息子の行く末を案じるご夫婦は
すっかり初対面の彼女を気に入ってしまい・・
 
日をまたぐ頃に彼女は
 
何と結婚を前提としたお付き合いまで承諾してしまった・・
 
・・・
 
 
そうして幸せな日々が幾星霜
 
 
今日の彼女は子供達と野球観戦のお約束
 
いつぞや『彼氏』に待ちぼうけを食らったあの駅へ
黄色い電車は滑り込んでいく・・
 
あの日と変らぬホームに降り立った彼女は
足を棒にした想い出の改札へ・・
 
ママ!違うよ そっちじゃないよ!
 
10年経っても変らない優しい笑顔のパパ
 
パパと何度か球場に来た子供達も
ホームの逆の方向を指差している・・
 
 
この駅には球場へ行ける改札がもう一つあったの?
 
この人は分かっていたのに何故あの時!?
 
 
呆けて佇むママを気遣って子供達が心配そうに見上げる・・
 
 
でも・・でもね・・
 
だから愛するこの子達と出会えたのよね
 
 
 
意を決した彼女は『思い出』の改札に背を向けて
 
もう待ってはいないだろう『彼氏』との約束の改札へ向かって歩みだした
 
そう・・
 
10年振りの約束の改札へ
 
 
 
 
(この項は実話です 失念した部分はちょっと脚色しました)+酔ってます はい